誰もが毎日口にする酒類・飲料。そこに、五感と科学の力を駆使して新たなおいしさや価値を生み出し、人々の生活をより豊かに彩ること、それが飲料未来研究所のミッションです。酒類と飲料の垣根を越え、あらゆるジャンルで、健康とおいしさを両立した酒類・飲料をつくりだすことに挑戦しています。
飲料未来研究所が、技術を通してつくろうとしている未来の一部をご紹介します。現代人の生活習慣に基づく「飲みすぎ・摂りすぎ」の解決や、国産原料の活用による生産地の活性化に取り組んでいます。このほか、少子高齢化に伴う人手不足に対応する次世代生産技術の開発など、さまざまな社会課題を技術で解決することに挑戦しています。
食べすぎる、飲みすぎる、摂りすぎる。現代人が抱える悩みの一つです。ときに健康を損ねることにもつながる過剰摂取のない世界をつくりたい。「食と健康」の新たなよろこびを広げる私たちだからこそできる挑戦が、ここにあります。
ホップやブドウ、茶、コーヒー豆など、酒類・飲料の原料の多くは農産物です。気候変動や後継者不足など農業が多くの課題を抱える中で、おいしい酒類・飲料をつくり続けるために、キリンではさまざまな活動に取り組んでいます。そのひとつ、国産原料の技術開発を通した生産地の活性化についてご紹介します。
原料の栽培から、酒類・飲料への加工、量産化まで、全工程にかかわる多彩な技術を持っています。
酒類・飲料の原料を栽培し、選び抜き、加工することで、原料の良さを最大限引き出す技術です。
ホップやブドウ、茶などの原料は、栽培、収穫、輸送、粉砕、熱処理、抽出、浸漬など、さまざまな工程を経て商品になります。栽培・収穫工程では、栽培地域に合った条件や良好な香味につながる条件を検証し、良い原料の生産につなげています。収穫後の加工工程では、タイミングや温度、時間などの条件を高度に制御し、産地や季節に左右されない安定した味をつくったり、原料独自の風味や特長を際立たせたり、また原料が持つ健康機能を保持したまま加工することなどを実現しています。
酒類・飲料や食品の発酵工程について、微生物の特性を見極め、最適な発酵条件を見出して制御する技術です。
発酵工程は、酵母や乳酸菌などそれを担う微生物に大きな影響を受けます。微生物の活性や特性を代謝物や遺伝子などから診断し、使用する株や品種を選別するとともに、長年蓄積された知見を生かして発酵の温度や時間を調整することで、商品の味や香り、食感に特徴を持たせたり、安定的に量産できるようにしたりします。
酒類・飲料や食品の香味を、成分調整や製造条件制御によって科学的にデザインする技術です。
味や香り、食感、安定性に影響する要素や成分を見出すとともに、それを制御する技術を開発しています。この技術によって、「すっきりしている」「うまみやコクがある」「食事に合う」などの抽象的な表現を科学的に分析して味をつくったり、想像を超えるあたらしい味を生み出したりできます。また味や香りの微妙なバランスを大規模な工場でも安定的に再現できるよう、精緻かつ厳密に製造条件に落とし込む技術も有しています。
酒類・飲料や食品に含まれる特定の成分を低減・除去することで、おいしさと健康を両立させる技術です。
吸着材や酵素分解、膜ろ過などによって、おいしさに寄与する成分は保持しながら、カフェインやプリン体、糖質などの特定成分だけを選択的に除去することができます。また経験則だけでなく吸着や分解の原理も科学的に追究することで、成分の残存や香味悪化のリスクが少なく、かつ低コストで高効率な製造条件を確立しています。
酒類・飲料や食品に対するヒトの嗜好性を探り、「おいしさ」を科学的に追及する基盤研究です。
味や香りだけでないさまざまな要素を含めた「おいしさ」の秘密を突きとめ、味づくりだけでなく商品全体の設計に生かすことを目指しています。
飲料未来研究所には、ビール、ワイン、ウイスキー、茶、コーヒーなどさまざまな酒類・飲料の専門家がいます。それぞれの専門家は科学的な専門知識と五感を駆使しておいしさを追求し、新価値を提案しています。また、産地を訪ね、原料に触れることも大切にしています。たとえばホップの専門家は、東北やドイツ、チェコなどに赴き、畑を見たり現物のホップに触れたりして、香りの特徴や加工方法を生産者と議論します。現場での議論からは、リモート会議では得られないコミュニケーションが生まれ、研究の方向性にも大きな影響を与えます。
最新分析技術や、AI・データサイエンスの導入も積極的に行っています。独自開発した「醸造匠AI」はその一例で、ビールの開発における醸造・発酵条件検討をAIがサポートするシステムです。検討期間を大幅に短縮できるとともに、経験の浅い研究員が検討の方向性を学ぶツールとしても用いられ、専門家の育成に役立っています。
専門家による五感評価と最先端技術の組み合わせによって、今までにないおいしさや付加価値の高い酒類・飲料を生み出しています。
飲料未来研究所にはさまざまな分野で活躍する多様な研究員がいます。やりがいや想いを聞きました。
飲料未来研究所にはさまざまな分野で活躍する多様な研究員がいます。やりがいや想いを聞きました。
生産者と想いをひとつに
佐々木 佳菜子
ソムリエ資格を持つ研究員、佐々木佳菜子さん。ブドウ品種に特徴的な味や香りの成分を、ブドウ栽培やワイン醸造工程で増強する技術を開発している。
ソムリエ資格を持つ研究員、佐々木佳菜子さん。ブドウ品種に特徴的な味や香りの成分を、ブドウ栽培やワイン醸造工程で増強する技術を開発している。
ブドウ生産者やワイナリーを訪ねることを、実験室での研究と同じくらい大切にしているという。「実験室で確立した技術は、現場で3年以上検証する必要があります。ブドウ生産者に協力してもらうには、試験の目的や研究成果だけを説いてもダメ。関係を築くことから始めなければ」。毎年顔を出し畑仕事を手伝う中で、信頼が生まれ学びを得る。「私たちは研究のプロですが、生産者も栽培のプロ。毎日畑を見て直観的に知っていることがたくさんあります。この畑のブドウはこういう香りが多いとか、こんな味になる育て方とか。教わったことが研究のヒントになるときもあります」。
秋に仕込んだワインを、その冬には試飲する。目指す味に仕上がったときのほっとする瞬間を、生産者と分かち合えるのが何よりもうれしい。研究を実験室で終わらせず1本のワインにし、飲む人をひとりでも多く幸せにしたい。その想いを胸に、日本ワインの発展に向け日々研究に励む。
AI×ビールで目指す味への道筋に光を
岡田 理志
「醸造匠(たくみ)AI」は一風変わったAIツールだ。商品開発の際に、目指すビール類の味に対して、AIが原料や醸造条件などのヒントを提示してくれる。
「醸造匠(たくみ)AI」は一風変わったAIツールだ。商品開発の際に、目指すビール類の味に対して、AIが原料や醸造条件などのヒントを提示してくれる。
工程全体に変革を起こす先進的技術だが、開発者の一人である岡田理志さんは、前任者から引き継いだ当初は戸惑いを感じた。「商品開発経験がなく、必要性がわからなかったんです。でも担当者から話を聞いてゼロからレシピを創る大変さを知り、やりがいを感じるようになりました。私自身、生産現場で目指す味を実現する難しさを経験したので」。中国のビール工場に駐在し、一番搾りの製造に関わったときのことだ。日本とは原料や設備も違う中、キリンが目指す一番搾りの味を造り上げるハードルは高い。言葉の壁にぶつかりながらも、現地メンバーと協働して日本と同等の味が造れたときの感動は今も忘れない。目指す味は山の頂上のようなもの、と岡田さんは言う。そこにどう近づくか。登山ルートは複数あり、到達点はルートで異なる。経験が浅いと一部のルートしか見えず、結果、到達点が低くなる。「匠AIには、熟練者と同等以上のルートを示し、より高みに達する助けとなってほしい」。登山者の道を照らす光となるべく、岡田さんは歩み続ける。
発酵技術の追究で生まれた新プリン体カット技術
太田 拓
「発酵が大好きなんです」。そう語るのはビール系飲料のベテラン研究員、太田拓さん。発酵の面白さを知ったのは、入社後のビール醸造の体験だ。
「発酵が大好きなんです」。そう語るのはビール系飲料のベテラン研究員、太田拓さん。発酵の面白さを知ったのは、入社後のビール醸造の体験だ。
「発酵中のビールを段階的に試飲して、味がどんどん変わるのを体感したんです。これが微生物の力かと感動しました」。以来、発酵や酵母を10年以上研究してきた。プリン体カット技術の研究を開始したのは2014年。「プリン体オフ商品は味が物足りない」という家族や友人の言葉を機に、「お酒の席は楽しい場であるべきなのに、我慢や不安があってほしくない」という想いを抱いた。着目したのは発酵だ。発酵工程で酵母がプリン体の消費や生成に関与することに注目した太田研究員は、発酵工程を工夫すればおいしさを損なわずにプリン体をカットできる、と考えた。5年を経て、あらたなプリン体カット技術を開発。劇的においしくなった試作品に驚いたという。「発酵には未知なる可能性と驚きがいっぱい。これからも発酵を通して、おいしさや健康を追求していきたい」。発酵のプロフェッショナルとしての挑戦は続く。
謎解きの先にひろがるおいしさの世界
矢島 由莉佳
成分分析のプロフェッショナルとして活躍する矢島由莉佳さん。他部署からも分析の相談を受け、頼られる存在だ。
成分分析のプロフェッショナルとして活躍する矢島由莉佳さん。他部署からも分析の相談を受け、頼られる存在だ。
もともと分析は専門でなく、大卒で入社後4年目に三重大学に駐在し、主にFTIR(赤外分光法)の技術を習得。成分分析を基礎から学び、自身でFTIRやHPLCの分析系を立ち上げるまでになった。成分分析は食品研究に不可欠かつ前提となるもの。ある成分が味や健康に影響するとわかっても、正しい分析値がなければ、多い・少ないの議論はもちろん、増減もできない。カフェインゼロや糖類オフの商品も、分析あっての存在だ。醍醐味は謎解きだと矢島さんは言う。「予想外の結果や、うまく測定できないときこそ面白い。溶媒や前処理など一つ一つ原因を当たって、わかった瞬間がたまらない」。特に夾雑物の多い茶や果汁の分析は難しく、安定的かつ迅速に測るには高い技術レベルを要する。矢島さんはFTIRによる果汁中糖類分析定量法を確立し、学会賞を受賞した経験も。「成分分析の進歩で、酒類・飲料の世界は大きく広がります。成分レベルでコントロールして、もっとおいしいものや健康なものを世に出していきたい」。謎解きの先に広がるあたらしい世界の開拓を目指す。
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