サイエンスとアートの融合。驚くほど詳細なビール設計の「レシピ」
ビールの設計(レシピづくり)においては、原材料や酵母の特性を見極めて選択し、どのような製法を用いて醸造するか、仮説と検証を繰り返します。鎌田研究員が行う研究は「ビールの香味制御」という、ビールの香味に寄与する成分を明らかにし、目指す香味を思いどおりかつ安定的に実現するための技術や製法をつくり上げていくものです。「ビールづくりはサイエンスであり、アートでもあります。まだまだわからないことが山ほどあり、それを解き明かしていくのが面白い。最高に楽しくて、自由で、素敵なビールという飲みものに携わることができて、毎日が本当に幸せです」
こう話す鎌田研究員の頭には、常にその時、その時の理想の香味イメージがあるといいます。一方で、まったく新しい素材を使うときには、どんな香味になるのか試してみないとわからないこともあります。そうした感性と技術をもとに「レシピ」を書き、試験醸造を繰り返すのが日常の仕事。「レシピといっても、設定する項目は膨大です。原料の選定から仕込み、発酵、貯蔵、ろ過に至るまで細かく条件を決めていくのです。どのタイミングで何をどれくらい入れるのか、温度や時間はどうするか、工程ごとに設定します。最終的にどのような苦味の強度、色の濃さ、アルコール濃度、香りにするか等もすべて決めます。条件の組み合わせは無限にあり、目的に応じて設定を変えていきます」
3年半の工場勤務が今に生きている
レシピを作成するときに思い浮かべるのは香味だけではありません。試験醸造でうまくいっても、工場で再現できなければ商品化に結びつかないからです。いかなる条件下においても安定的に香味を実現し、大きなスケールでの製造を可能にするには、生産現場での工程をしっかりイメージしたうえで製法を開発したり、技術を組み合わせたりすることが必要なのです。そのベースとして、入社後に3年半、工場勤務を経験したことが大いに役立っていると鎌田研究員は言います。
「生産現場は多くの人の力で成り立っています。その一連の流れを知ったことで、誰がどのような作業をするのか、設備をどのように変更すればいいか、現場の人の顔や動きを具体的に思い浮かべながらレシピを書けるようになりました」商品化された後も、製造工程に課題が生じると、必要に応じて技術的なサポートを行います。鎌田研究員たち醸造技術者は、原料から品質管理に至るまでを熟知したうえで、商品開発と生産現場をつなぐ重要な役割を果たしているのです。
ビールへの情熱に満ちあふれたリーダーの下で
工場勤務の後、鎌田研究員の今につながる出会いが訪れました。入社4年目からの約2年間を過ごした試験醸造プラントで、リーダーから大きな影響を受けたのです。「ビールへの思いが人一倍強く、造詣が深いことはもちろん、醸造技術の知識・経験も豊富。その情熱で、常に先頭を走り続けている。一緒に仕事をさせていただき、毎日のようにビールへの愛と情熱を注ぎ込まれました。キリンという会社の魅力は“人”にあると思います。私はリーダーからきっかけをもらったことで、知識や関心を広げることができました。次は自分が誰かのきっかけになれたらうれしいです」
ドイツ留学で得た貴重な財産
入社6年目、大きな転機が訪れました。ビールの本場ドイツへの留学です。リーダーの勧めで社内公募に手を挙げ、ミュンヘン工科大学へ。研究室でホップに関する研究に取り組む傍ら、国際学会や展示会に参加したり、欧州各地のブルワリー(醸造所)や原料・設備サプライヤーを訪問したりしながら最新情報を積極的に吸収し、レポートを送り続けました。そうして持ち帰った技術や知識は自身のためのみならず、キリンの研究開発にも大いに貢献しています。「留学で得たことは数知れません。ビール醸造技術の知識の幅と深さを広められたことはもちろん、さまざまなスタイルのビールを飲むことで、自分の中に香味を評価するための『軸』ができました。考え方や視野が大きく広がり、常に前向きに、どんなところにも臆せず飛び込んでいく度胸やスキルが身についたことも貴重な財産です」
「酒づくりを生涯の仕事にする」という確信をもたらす出会いもありました。ブルワリー巡りをする中で、熟練した醸造家が自分の仕事に誇りをもって働いている姿を目の当たりにしたのです。その醸造家から贈られた「ブルワーズライフ・イズ・ビューティフル」という忘れられない言葉。ふらりと入ったパブで、ビールを通じて隣の人と仲良くなる。そんな体験も多々ありました。「こうした毎日を過ごしながら、お酒っていいな、なんてロマンがあるんだろう。新しい縁をつくり、古い縁をつなぐ力がお酒にはある。この仕事には人生を捧げる価値がある。そんな思いが強くなっていきました」
「高み」を目指し、自ら開発したピルスナー「COPELAND」
チェコのブルワリーでは、「震えるほどうまい」と感じた衝撃的なビールとの出会いもありました。「味も香りも、日本では経験したことがないものでした。こんなピルスナーがあるのかと驚き、味を確認するために何度も通って体に染み込ませたほど。なぜこのようにおいしくなるのか。サイエンスだけでは突き詰められない何かがあるんですよね。この経験を技術開発に生かしたい。その思いで、2013年に帰国しました」そして始まったのが、キリンの新たなクラフトビール事業「スプリングバレーブルワリー」の立ち上げです。6人の“つくり手”が、“飲み手”の意見や感想も取り入れながら、それぞれ個性の異なるビールをつくっていくのです。6人のうち3人は商品開発研究所から、3人は酒類技術研究所から選ばれました。その1人が鎌田研究員。テーマは、最初の一杯はもちろん、他のビールを楽しんだ後にも、無性に飲みたくなる「立ち返る場所」となるビールでした。「どんな味にしようか、どんな驚きをつくり出そうか、どんな技術を使うか、あれこれ検討する中で、常に頭にあったのは、『あのピルスナーを超えたい』との思いでした。麦芽の旨味と甘味をしっかりと感じさせ、香りと極上の苦味を調和させたい。そうして完成したのが『COPELAND』です」
「最高にうまいビール」を求めて、挑戦は続く
「COPELAND」のネーミングの由来となったウィリアム・コープランドは、明治時代の初めに、日本で初めて産業として継続的にビールを製造し、「日本ビール産業の祖」ともいわれる偉大な人物です。しかし、鎌田研究員に気負いはありません。「スプリングバレーブルワリーの立ち上げに参画できたことは大きな出来事でした。でも、満足してはいられません。コープランドさんのフロンティア・スピリットを私自身も忘れずにいたい。高みの先にある、最高にうまいビールをつくるための挑戦は、まだまだ途中です。キリンビールも、スプリングバレーブルワリーも『COPELAND』も、私たちの技術開発も、これからどんどん進化していきます。常にベストを尽くしながら、お客様と一緒に新しいビール文化をつくっていきたい。ビールの技術開発を通じて、こういうものがあったらいいなという新しい価値をどんどん生み出していきたい。そうして、ワクワクする気持ちを広げていけたら最高ですね」
モットーは、常に突破し続けること。壁は、壁だと思うから壁になる。とことん考え抜けば、突破できる。そうした前向きな姿勢もドイツ留学で得たものの一つだといいます。さまざまな経験から身につけた技術と知識、そして持ち前のセンスを生かして仕事の幅をさらに広げ、海外に日本のビール文化を伝えていくという夢も持ち続けています。
- このページの情報は研究成果の掲載であり、商品の販売促進を目的とするものではありません。
- もともと飲まない人に飲酒を勧めるものではありません。
- 飲酒にあたっては、適量飲酒を心がけてください。
- 組織名、役職等は掲載当時のものです(2017年9月)