原料づくりから商品開発まで、一貫して携わることのやりがい
神奈川県藤沢市にあるワイン技術研究所は、ワインやスピリッツ、リキュールを中心とする酒類の基幹技術を開発している研究所です。ブドウなどの果実酒を多く扱うことから、原料となる果実特有の香味成分や味わい成分を突き止める技術や、それらを最大限に引き出す製法を開発し、数々の特許を取得しています。技術開発にとどまらず、商品開発まで一貫して行っているという特徴もあります。
「中でも私の場合、産地の方と協力して原料そのものをつくりあげ、商品化してお客さまに届けるという一連の流れを自分たちで行っている実感があります。農家さんの顔を思い浮かべながらものづくりができるので非常にやりがいがありますし、農家さんにとっても、自分たちのつくった梅がどういう人の手で、どういう商品になるのかがわかるので大きなやりがいがある。この感覚や手応えがお互いにとても新鮮で、年を重ねるごとに、絆が強まっているように思います」(山崎研究員)
桃源郷を思わせる、完熟梅の香りに魅せられて
もともと、メルシャンの梅酒開発は1970年代から始まり、長く海外産の梅を使用していました。しかし、2000年代に入る頃から国産梅へのニーズが高まり、梅の研究が求められるようになりました。そこで任されたのが山崎研究員です。梅の品種や産地の調査から着手し、当時のマーケティング部長の仲立ちで、日本一の梅の産地である和歌山県を訪れたのが2005年のことでした。
「青梅の研究を始めるつもりだったのですが、畑に行ってみると、あたり一面から桃のようないい香りがするんですね。『これは何の香りですか?』と聞くと、『梅だよ』と。見ると、黄色やオレンジ色に梅が熟していました。ちょうど青梅が終わった時期だったんです。甘い香りに包まれた梅畑は、まさに桃源郷という言葉がぴったりでした。梅といえば青梅だと思い込んでいた私は、完熟梅の素晴らしさを目の当たりにし、大きな衝撃を受けたのです」
梅はフルーツ。そのことを痛感した山崎研究員は、大学時代に手がけた梨ワイン開発や、ワイン技術研究所の蓄積する知見を活用し、完熟梅を研究対象にしたいと考えるようになりました。数十種類にも及ぶ梅品種の中から着目したのが、樹上で完熟し、大粒で香り豊かな「南高梅」という品種です。ここから、現在へと続く取り組みが始まりました。
他人の土俵ではなく、自分の得意分野で勝負する
当時、梅酒の原料は青梅が主流であり、完熟梅を扱っている梅酒メーカーはあまりありませんでした。黄色く熟した完熟梅の存在は一般にはほとんど知られておらず、梅干しに使うほかは用途もない。一般家庭では、買ってきた青梅が熟して黄色くなると、傷んで使えなくなったと誤解して、捨てられてしまうことすらありました。
「そうした“一般常識”を覆したいと思いました。完熟梅は傷みやすいので流通に向きません。そのため、産地の人しか知らない幻の存在だったのです。私たちが研究で大切にしているのは、他のメーカーと同じことをするのではなく、自分の得意分野で勝負して独自性を高めていくことです。“香りのメルシャン”として、完熟梅のフルーティーな香りの特徴を見極め、梅酒に生かしたい。そうすることで、完熟梅の価値を知らしめ、価値を高めることができると考えました。産地にとっても、梅干し以外に完熟梅の用途が広がることは、消費拡大、生産地の活性化につながります。ぜひ成功させたいと夢が広がりました」
とはいえ、社内には南高梅に関する科学的な蓄積がありません。そこで2006年4月、キリン(メルシャン)と和歌山県果樹試験場うめ研究所、生産農家(JA紀州)がタッグを組んだ共同研究がスタートしたのです。香りに関する分析調査をキリンが行い、梅の機能性成分分析や栽培環境の調査をうめ研究所が行い、梅のサンプルや栽培情報を農家が提供するというように、それぞれが専門分野を担当する形でした。
研究を重ね、香りが最も高まる“旬の中の旬”を突き止める
完熟梅のもつ潜在的な力を最大限に生かした商品開発をするために、共同研究では、梅酒の完熟香味をアップするための最適条件が何かを解明していきました。そして、2006年から2010年にかけての5年間で、次の4つの成果を挙げたのです。
- 成果1.南高梅に特徴的なフルーティーな香り成分を特定
- 成果2.和歌山県の中で、毎年、安定的に多くの完熟香を得られる栽培地域を選定
- 成果3.完熟香が最大に高まる時期を特定
- 成果4.完熟梅独自の熟度収穫指標(いつ、どの状態で、どの大きさの梅を収穫するか)を策定
これら一つひとつの解明には、実に多くの試行錯誤がありました。梅は植物ですから、1年に1度しか収穫することができません。また、その年によって気候や天候も異なります。「畑に入り込んで梅のサンプルを集め、梅の木に温度計を設置させてもらい、考えられるあらゆる条件を組み合わせて、毎年、数十パターンもの梅酒を試作。分析と官能評価を繰り返しました」(山崎研究員)
その結果、完熟梅のフルーティーな香りの成分が、桃やココナッツのようなラクトン類とパイナップルやバナナのようなエステル類であること、安定して完熟香が得られる地域は和歌山県みなべ町の山間部であること、完熟香が最も強くなるのは収穫後期のわずか数日間であること、大粒の梅ほどフルーティーな香りが強まることなどがわかりました。そして、いつどのように収穫すればよいかという指標を策定するに至ったのです。その指標をもとに、生産農家の方に栽培・収穫していただくことで、香りが最も強い完熟梅を得ることができるようになりました。
素材のおいしさを最大限に引き出す2つの独自製法
原料となる完熟梅の共同研究と並行して、社内では、素材のおいしさを最大限に引き出す製造技術の開発にも取り組みました。その結果、見出したのが、梅の種だけを漬け込む「豊潤たね熟製法」と、凍結させた完熟梅を漬け込む「凍結完熟浸漬製法(特許取得済)」の2つです。いずれもキリン独自の製法です。
「素材の香りとおいしさを最大限に引き出し、おいしい梅酒をつくるためには、成分を抽出する際のアルコール度数、漬け込む期間や素材の割合、温度、糖の有無、糖を添加するタイミングなどさまざまな要素技術をどう組み合わせるかが肝となります。産地の農家さんが大切に栽培・収穫した最高の完熟梅の良さを余すところなく引き出し、お客様に届けたい。その思いで、試作と分析を繰り返しました」
「豊潤たね熟製法」によって、アーモンドや杏仁のような香味成分ベンズアルデヒドが青梅酒の10倍アップ、「凍結完熟浸漬製法」によって、梅を凍結させない製法に比べて完熟香が6倍アップするという研究結果が出ています。さらに、漬け込んだ梅をピューレにして加えた梅酒も開発しました。こうして発売した「完熟あらごし梅酒 梅まっこい」は、完熟梅の世界観を伝える梅酒として、多くのお客様から好評をいただいています。
若い農家が産地を支え、活気づく山間部の梅産地
十数年に及ぶ協働は、産地である和歌山県みなべ町の山間部にも、大きな変化をもたらしました。農村部の過疎化や高齢化、後継者不足などの問題が国内各地で課題となっている中、みなべ町の山間部では、梅の生産への意欲が年々高まり、園地拡大を積極的に進めている若い農家が増えているというのです。
「みなべ町の山間部は、温暖な海岸部に比べて梅のなる時期が遅いため、青梅が最も高値で取引される時期に出荷が間に合わず、かつては収入面でも苦戦されていました。完熟梅も、サイズの大きいものは梅干し用としても敬遠されていたのです。その完熟梅がすばらしい梅酒の原料になり、大きいものほど香りが強いことが明らかになったことで、自信をもって栽培していただけるようになりました。豊作、不作にかかわらず、毎年、我々が安定した値段で購入することで安定した収入も確保できます。実際、みなべ町の山間部では離農する人は少なく、大学卒業後に後継ぎとして帰ってくる若者もいます。農家さんたちの生き生きとした笑顔を見ると、地域の課題に少しでも貢献できているんじゃないかと嬉しくなりますし、もっともっと役に立ちたい、一緒にいいものをつくっていきたいという思いが強くなるんです」
この十数年、山崎研究員が一貫して心がけているのが、誠意をもち、腹を割って相手と話すことだと言います。その思いが、かけがえのない産地とのパートナーシップにつながり、これまでにない商品づくりへと結実しているのです。
- このページの情報は研究成果の掲載であり、商品の販売促進を目的とするものではありません。
- もともと飲まない人に飲酒を勧めるものではありません。
- 飲酒にあたっては、適量飲酒を心がけてください。
- 組織名、役職等は掲載当時のものです(2018年10月)