1970年代から続く酵母研究の集大成
キリンビールは1970年代から、酵母、大麦麦芽、ホップを3大テーマとして研究を続けています。中でも酵母は、90年代初頭から現在に至るまでの約20年にわたり、酵母活性制御、遺伝子解析、ゲノム解析、細胞の形態解析、代謝物の定量解析といった最先端の技術開発に取り組んできました。その蓄積をもとに、実際の品質工程に生かせる基盤技術を確立したことが高く評価され、今回の受賞となりました。農芸化学技術賞は、注目すべき実用的価値のある技術的業績を挙げた会員に与えられるもので、日本農芸化学会が企業に与える賞では最高の賞です。キリンビールは25年ぶりの受賞となります。
受賞者は、キリンビール(株)酒類技術開発センターの善本裕之主査、キリンホールディングス(株)フロンティア技術研究所の吉田聡主任研究員、キリンビール(株)酒類技術開発センターの金井圭子チーフアナリスト、同・小林統主務の4名ですが、過去20年間で研究に携わった人はキリングループ内外で計100名近くに上り、まさに集大成といえるでしょう。
なぜ、この技術が画期的なのか──原材料の変化と、ビール酵母の複雑さ
日本では、1990年代半ばから、発泡酒や新ジャンルの商品開発が始まりました。それに伴い、酵母が発酵するときの栄養源も変わりました。ビール醸造では、酵母は麦芽や副原料の糖を食べて発酵しますが、発泡酒や新ジャンル商品では、麦芽の量が減り、それに代わる原材料が栄養源となります。すると、酵母の働きも変わり、ビールでは考えられなかったような発酵遅延が起きたり、好ましくない香りが生じたりするようになりました。
しかし、従来の解析技術では、こうした問題を解決するために必要なデータを十分に得ることができず、原因を突き止めることが困難でした。日本のビール醸造で主に使われる下面発酵酵母は、他の酵母に比べて遺伝子構成が複雑で、交雑も難しいため、研究に適しているとはいえず、解析技術の開発が進んでいなかったからです。そこで、想定外の課題にも対応できる、ビール酵母のための総合的な解析技術が強く求められていました。
ヒトの健康診断をビール酵母に応用
今回、キリンビールが開発したのは、下面発酵酵母を「遺伝子レベル」「遺伝子発現レベル」「タンパク質レベル」「代謝物レベル」「表現型レベル」で総合的に評価し、生理状態を診断する最新技術です。これにより、さまざまな条件下におかれた下面発酵酵母の複雑な生理状態を、精度よく捉えることができます。本技術を活用することで、品質や工程のトラブルが起こっても、正確かつ迅速に原因を究明し、最適な改善策をとることが可能になります。各レベルの評価技術は、下の図のように、ヒトの健康状態を把握するため、健康診断において各種の検査を行うような考え方をビール酵母に応用したものといえます。
具体的な活用例
これらの技術を用いることで、ビールや発泡酒、新ジャンルの発酵工程で実際に発生した各種課題に対し、仮説に基づいた解決策を取ることが可能になりました。このことは、これらの技術がビール系アルコール飲料の安定的な生産や品質向上に有効であることを示しています。いくつか事例を紹介しましょう。
<品質の改善>酵母識別技術を活用し、正しい酵母を工場へ配布
ビール製造に使用する酵母は、キリンビールの酒類技術開発センターから全国の工場に送られます。その際、酵母の種類や性質が前年と同じで、正常な状態であるかを厳しくチェックしなければなりません。遺伝子レベルの解析を活用すると、酵母株間の違いを短期間で識別でき、間違いを防ぐことができます。また、代謝物レベル、表現型レベルの解析では、酵母の生理状態を正確に把握することができます。これらにより、正しい酵母の配布や、工場で使われている酵母の異変の有無を確認することが可能になりました。
<工程の改善>原因を突き止め、液糖使用時の発酵遅延を解消
発泡酒や新ジャンルは麦芽の使用量が少ないため、糖分を液糖で補う場合がよくありますが、その際、発酵が遅れることがありました。そこで、代謝物レベル、表現型レベルで酵母を解析したところ、原因が判明。ビール酵母は液糖に含まれるグルコースという糖分を好むため、発酵前半に原料中のグルコースを急激に消費してしまい、途中で栄養分が枯渇していたのです。この問題を解決するため、発酵前半の温度を下げる「二段階温調法」という工程を開発し、糖分をゆっくり食べるように発酵を制御すると、遅延が解消しました。こうした解析は、以前はできなかったもので、あらゆる酒類製造に活用することができます。
新商品開発に貢献。世界に向けてのアピールも
ビール酵母の総合的活性診断技術の活用は、多様な生活スタイルや価値観に合う新商品を開発する際に生じる課題解決にも有効となります。ビール系アルコール飲料だけでなく、いろいろな発酵食品製造への応用も期待されます。私たちは、こうした先進的な技術開発を国際的にアピールすることで、世界の醸造技術向上にも貢献したいと考えています。
- 組織名、役職等は受賞当時のものです(2012年3月)
- このページの情報は研究成果の掲載であり、商品の販売促進を目的とするものではありません。
- もともと飲まない人に飲酒を勧めるものではありません。
- 飲酒にあたっては、適量飲酒を心がけてください。