レポート
記事公開:2017年9月 / 更新:2021年12月

熟成させたホップに体脂肪を低減させる効果を発見。ホップの価値向上を追求

  • 原料高度活用
  • 健康機能性素材探索・評価

肥満は、生活習慣病の原因にもなる世界的な社会課題の一つです。キリンは、その解決につながる新たな研究成果を生み出しました。ビールの原料であるホップを熟成させた「熟成ホップ」に体脂肪を低減させる効果があることを解明したのです。さらに、この熟成ホップをエキス化し、ビールによらないさまざまな飲料や食品へ展開することで、ホップの価値を人々に届ける取り組みを進めています。

山崎雄大(やまざき・たかひろ)

キリン(株)R&D本部 健康技術研究所 研究員

一つの研究成果が世に出るまでには、多くの先輩方による長年の蓄積があります。それを受けて、しっかりとした成果を出そうという気持ちで研究に取り組んでいます。ホップにはさまざまな成分が含まれていますが、その一つである苦味成分にこれほどの健康機能性があるとは想像以上でした。また、「太る」というイメージの強いビールに体脂肪を低減させる成分が含まれていることも驚きでした。海外の学会でも質問や取材が多く寄せられ、注目度の高さを実感しています。今後も新しい機能性や新しい商品を幅広く国内外に展開し、世の中に驚きを届けていきたいです。

なぜ熟成なのか

ホップには、さまざまな成分が含まれています。キリンはこれまでもホップ成分の健康機能性に着目し、アルツハイマー病予防効果、発がん抑制効果、骨密度低下抑制効果などを解明してきました。そして今回、発見したのが「熟成させたホップ」の機能性です。ここでいう熟成とは、酸化を指します。ビール醸造では新鮮なホップを使うのが通例で、なるべく酸化しないように管理しますが、あえて熟成したホップに着目したのは次の理由からです。図1のように、新鮮なホップには「α酸」という苦味成分が含まれ、ビール醸造の過程で「イソα酸」に変化します。キリンは、このイソα酸に認知症を予防する効果があることや、肥満によって起こる認知機能低下を改善する効果があることを世界に先駆けて解明してきました。しかし、機能性は明らかになったものの、イソα酸は苦味が非常に強いため、飲料や食品の開発には課題がありました。

「苦味を抑え、かつ健康機能性をもつホップ成分を見つけ出せないだろうか」そう考えた研究チームが着目したのが熟成したホップでした。古くから、熟成して酸化したホップでつくったビールは苦味がまろやかになることが知られていました。そこで熟成したホップに含まれる成分を調べたところ、新鮮なホップにはない未知の苦味成分を発見したのです。この成分の機能性を探求したところ、褐色脂肪組織を活性化させ、体脂肪を低減させる効果があることがわかりました。イソα酸より苦くないこともわかり、新素材として量産化を目指す道が開けたのです。

図1 ホップ中の苦味成分と熟成によるメリット

新素材の量産を可能にした技術

しかし熟成ホップを素材として量産化するにはハードルがありました。従来の方法では、新鮮なホップを熟成させるためには常温(20℃)で約10カ月間放置しなければならず、膨大な時間が必要でした。そこで研究チームは、さまざまな熟成条件を繰り返し検討し、60℃で効率よく加熱する技術を開発。熟成期間を従来の約100分の1(数日間)に短縮することに成功したのです。そして、さまざまな飲料や食品に展開できるよう、熟成ホップを水で抽出してエキス化しました。こうして、苦味が少なく、かつ健康機能性を持つ新素材「熟成ホップ抽出物」の量産が可能になりました。

抽出した熟成ホップ抽出物

図2 量産により、飲料や食品への展開が可能に

「熟成ホップ」の働きで脂肪が燃焼

「熟成ホップ」の健康機能性はヒトを対象にした試験でも確認しています。実験では、20代から60代までの男女200人を2つのグループに分け、一方には熟成ホップ含有飲料を、一方にはプラセボ飲料を12週間、毎日1本(350mL)摂取。CTスキャンで内臓脂肪面積を測定し、体脂肪率も測ったところ、図3のように、熟成ホップ含有飲料を飲んだグループは内臓脂肪面積と体脂肪率が有意に低下していました。

図3 熟成ホップの体脂肪低減効果

図3-1:内臓脂肪のCTスキャン画像と内臓脂肪面積測定結果

第36回ヨーロッパ醸造学会 2017
引用文献:Nutrition Journal 2016, Volume 15, No.25

図3-2:体脂肪率測定結果

引用文献:Nutrition Journal 2016, Volume 15, No.25

熟成ホップの認知機能改善効果

さらに、熟成ホップには、認知機能の改善効果があることも明らかにしました。健常な中高齢者を2つのグループに分け、一方には熟成ホップを含むサプリメントを、一方にはプラセボサプリメントを12週間摂取させ、摂取前後の認知機能を比較する試験を行ったところ、摂取6週目の前頭葉機能検査で、記憶想起力が改善しました。そのほか、選択的注意力や気分状態(気分の落ち込みや疲労感、不安感、活気など)も改善することを明らかにしています。

図4 記憶想起力および選択的注意力の試験結果

45~64歳の健常中高年60名を、熟成ホップ群とプラセボ群に分けて二重盲検化試験を行い、摂取0~12週目の認知機能を、神経心理テストで評価した。記憶想起力や実行機能を評価する語流暢性試験の結果が改善した。
45~69歳で認知機能低下の自覚症状を有する健常中高齢100名を、熟成ホップ群とプラセボ群に分け、二重盲検化試験を行い、摂取0、12週目の認知機能を神経心理テストで評価した。標準注意検査法の選択的注意力を評価するSDMT(Symbol Digit Modalities Test)の正答率の結果が改善した。

熟成ホップの健康機能価値を世に

熟成ホップは、現在キリングループのさまざまな商品に用いられ、人々の健康に貢献しています。活用の幅をさらに広げるために立ち上げられたのが、キリンの社内ベンチャー企業であるINHOPです。熟成ホップを開発した研究者が自ら社長として起業し、熟成ホップを軸にさまざまな商品開発や情報発信活動を行っています。

キリングループは今後も一層、ホップの機能性探求に力を注ぎ、ホップの力で人々に貢献することを目指します。

研究員から経営者へと転身したINHOPの金子裕司社長。この日はテレビ番組の取材対応で、事業紹介にはじまりホップの歴史的背景から機能性までの幅広い内容を熱く語った。
事業活動のほか学会や展示会での講演活動も精力的にこなす。
キリンホールディングスが出展したブースに、ほかのグループ会社とともにINHOPもポスターを展示。多くの来場者の興味を引いた。
  • このページの情報は研究成果の掲載であり、商品の販売促進を目的とするものではありません。
  • もともと飲まない人に飲酒を勧めるものではありません。
  • 飲酒にあたっては、適量飲酒を心がけてください。
  • 組織名、役職等は掲載当時のものです(2017年9月)

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  • 論文タイトル:Matured hop extract reduces body fat in healthy overweight humans: a randomized, double-blind, placebo-controlled parallel group study
    著者:小林夕美恵ら
    DOI番号:10.1186/s12937-016-0144-2
  • 論文タイトル:Matured Hop Bittering Components Induce Thermogenesis in Brown Adipose Tissue via Sympathetic Nerve Activity
    著者:小林夕美恵ら
    DOI番号:10.1371/journal.pone.0131042
  • 論文タイトル:Development of preparative and analytical methods of the hop bitter acid oxide fraction and chemical properties of its components
    著者:谷口慈将ら
    DOI番号:10.1080/09168451.2015.1042832

学会発表

  • 「体脂肪低減効果を有するホップ由来新規苦味酸酸化物群の開発」第36回ヨーロッパ醸造学会 2017年5月14日

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