う~ん、苦い!ホップ由来の「イソα酸」を飲んでみた
「本当に飲むんですか?」と笑いながら、イソα(アルファ)酸の原液と飲料水を用意してくれた阿野泰久研究員。イソα酸は、ビールやノンアルコールビールの苦味の本体となる成分で、ホップに含まれるα酸から製造工程で生成されます。この原液をスポイトで吸い、水の中にポトリ、と1、2滴。ビールと同程度の約1万倍に薄めたものを口に含むと、うーん、たしかに苦い! まずくはないけれど、いつまでも舌にまとわりつくような、後を引く苦さです。いわば、ビールから苦味だけを単体で取り出したようなもの。この「イソα酸」こそ、阿野研究員が新たな健康作用を突き止めた、今回の研究の主役です。
お酒を適量たしなむ人は、老後の認知機能が高い
大学院在学中から脳疾患の研究に取り組んでいた阿野研究員がキリンに入社したのは、日常生活と切り離せない「食」を通じて社会課題に貢献できる研究活動をしたいと考えたからでした。ビールやホップに着目したきっかけは、「お酒を適量たしなんでいる人は、老後の認知機能が高い」という疫学調査や、「適度な酒類の摂取は認知症の防御因子である」との報告でした。ホップは1000年以上薬用植物としてビールの原料に使用されてきており、キリンでもこれまで生活習慣病の改善効果、骨粗しょう症の改善効果などさまざまな生理機能を解明しています。「赤ワインポリフェノールは認知機能に関する研究が多く報告されていましたが、その他の酒類についてはあまり報告がありませんでした。キリンには、ホップをはじめとするビール原料を研究してきた長年の蓄積がありました。そこで、弊社のもつ技術や成分サンプルを、認知症予防につながる成分の探索に活用しようと思うに至りました」
アルツハイマー病予防効果を持つ「イソα酸」
とはいえ、着手した当初は、どのようなビール原料成分に脳の老化や認知症を予防する作用があるかは見当がつきませんでした。苦味の成分、香りの成分など、健康に効果のありそうな成分は何十種類もあります。阿野研究員はこれらの成分を丹念に調べ、ホップの苦味成分である「イソα酸」が認知症病態の抑制に関わっていることを突き止めました。そして東京大学が保有するアルツハイマー病モデルを用いて試験を行ったところ、驚くべきことにイソα酸にはアルツハイマー病の予防効果、認知機能低下を改善する効果が認められたのです。この研究成果は、第35回日本認知症学会学術集会で発表され、新聞や雑誌などマスコミにも大きく取り上げられました。
アルツハイマー病モデルにおける認知機能改善効果
認知機能が低下したアルツハイマー病モデルにイソα酸を7日間投与し、行動薬理学的に認知機能を評価した。イソα酸投与群はコントロール群に比べ、認知機能が有為に改善した。
食品への応用を目指して
イソα酸が含まれている商品は、ビールやノンアルコールビールなどホップが使用されている商品に限られています。もし、ホップを様々な食品に活用できれば、認知機能改善効果のある商品を、お客様が手軽に楽しめるようになります。しかしホップの苦みは非常に強く、効果に必要な量を含む美味しい食品を開発することは困難でした。ホップの苦みを何とかして抑えたい――、この問題を解決するため、研究チームが様々な文献や研究情報を調査したところ、熟成させたホップでつくったビールは苦味がまろやかになるという知見を発見。「熟成」にヒントがあると考えた研究チームは、3年以上をかけて数百パターンの加熱熟成条件を検討し、ついにホップの苦味を弱められる熟成方法を確立したのです。こうして生まれたのが「熟成ホップ」です。熟成ホップには、イソα酸と共通の化学構造を持つ成分が含まれていますが、その苦みはイソα酸のおよそ1~2割。実際に、阿野研究員の用意してくれた熟成ホップをイソα酸と飲み比べてみると…確かに全然違う!苦味は熟成ホップの方が明らかに弱まっています。
キリン独自の発見、「熟成ホップ」の認知機能改善効果
「イソα酸と共通の構造を持つ成分にも、認知機能改善効果はあるはず」。阿野研究員はそう考え、熟成ホップの認知機能改善効果を調べる健常人対象の試験を行いました。熟成ホップを含むカプセルを摂取した人と、含まないカプセル(プラセボ)を摂取した人の認知機能を調べました。その結果、熟成ホップには健常な人の認知機能を高める効果があることがわかったのです。
ホップは、古くから薬用植物として知られています。人間は本来、苦いものはあまり好まないはずなのに、ホップは、ビールの原料として1,000年以上飲み続けられています。そこには、苦いだけでない何かしらの意義があるのではないか──。今回の研究結果が一つの確信となり、さらなる秘密を探っていきたいと阿野研究員は力を込めました。
熟成ホップの認知機能改善効果
社会的に満たされていないニーズを見つけ、驚きを与えたい
世の動向に敏感で、興味関心の幅が広く、アイデアが豊富な頼れるチームリーダー。そして、冗談を飛ばしてはチームを盛り上げるコテコテの関西人。それが、後輩たちからの阿野研究員評です。研究者としてのモットーは、「社会的に満たされているテーマかどうか」を常に考えること。
「ニーズが高いけれど、誰も手をつけていない、アプローチ方法もわかっていない。そうした満たされていないテーマを見つけて、ゼロから探索をする。そこに研究者としての意義を感じます」
未知の領域を探索し、世の中に驚きを与えたい。そう話す阿野研究員にとって、認知症予防も、引き続き重要なテーマです。
「認知症をはじめとした加齢に伴う認知機能低下は、今後ますます大きな社会課題となってくると思います。日常生活の中で気軽に健康をサポートできるような、お客様価値を生み出していきたい。」
食品や飲料にとどまらず、医薬を含めた幅広い連携が可能なキリングループの研究体制も大きな強みです。キリンならではの環境をフルに生かして、どのような成果を生み出していけるか。阿野研究員を中心とする技術力に、今後もご期待ください。
- このページの情報は研究成果の掲載であり、商品の販売促進を目的とするものではありません。
- もともと飲まない人に飲酒を勧めるものではありません。
- 飲酒にあたっては、適量飲酒を心がけてください。
- 組織名、役職等は掲載当時のものです(2017年1月)