高齢化に伴う認知症という社会課題
日本国内では急速に高齢化が進んでおり、健康寿命の延伸が社会課題となっています。特に認知症に関しては、2012年の時点で患者数が462万人、2025年には700万人を超えるとされ、世界的にみても2400万人以上が患っている病気です。しかし未だに十分な治療方法がありません。そのため、近年では日々の生活を通じて発症を予防する取り組みに注目が集まっています。予防方法として、有酸素運動、脳のトレーニング、健康的な食習慣などが挙げられますが、中でも食習慣については長年研究より、認知症予防と大きな関連があることがわかっています。食品の中には、認知症を予防することのできる何らかの成分が含まれているのではないか。研究員たちはそのように考え、未知なる成分の発見を目指して探索を始めました。
10種類以上のチーズで実験し、カマンベールチーズに着目
有効成分を探索するためのターゲットに定めたのは、発酵させた乳製品です。近年、「乳製品を食べる習慣がある人は老後の認知機能が高く、認知症発症のリスクが低い」という疫学的な報告が国内外でなされていたからです。ただし、これまでの研究では、認知症への効果や有効成分は明らかになっていませんでした。発酵させた乳製品の中でも、ヨーグルトは健康に良いとされる効果がこれまでに多数報告されています。一方チーズは嗜好品にとどまり、健康機能に関する研究報告がほとんどありませんでした。そこで研究チームは様々な発酵工程があるチーズを研究対象に定め、市販されている10種類以上のチーズを用いて、アルツハイマー病のモデルにおける病態への効果を調べました。その結果、白カビで発酵させたタイプのカマンベールチーズに病態の抑制効果が認められたのです。
有効成分「βラクトペプチド」を発見
チーズの発酵工程では多様な「乳由来ペプチド」が生じます。ペプチドとは、アミノ酸がいくつもつながったもので、タンパク質の分解物です。研究チームは、この乳由来ペプチドが認知機能に何らかの効果を発揮すると考え、健忘症のモデルを用いて記憶機能を評価しました。その結果、「乳由来ペプチド」には記憶機能改善効果があること、さらに多様な「乳由来ペプチド」の中でも効果が高いものとして、トリプトファン(W)とチロシン(Y)のアミノ酸配列を有した「βラクトペプチド」を同定しました。
βラクトペプチドのアルツハイマー病予防効果
研究チームはβラクトペプチドのアルツハイマー病予防効果を検証しました。アルツハイマー病モデルに、βラクトペプチドを含む飼料を与えたところ、認知機能の改善効果が認められました。βラクトペプチドによるアルツハイマー病の予防効果が確認されたのです。本研究成果は、国際学術誌『Aging』および『Journal of Alzheimer's Disease』に掲載されました。
βラクトペプチドの認知機能向上効果
さらに、βラクトペプチドのヒトの認知機能への効果を検証するため、健常人対象の臨床試験を実施しました。物忘れが気になる健常な中高年を対象に、βラクトペプチドの1つである「GTWYペプチド」を含むサプリメントもしくは含まないサプリメント(プラセボ)を12週間摂取してもらい、記憶想起の試験を行いました。その結果、プラセボ摂取群に比べ、GTWYペプチドサプリメント摂取群では有意にスコアが高く、GTWYペプチドには記憶力を高める効果があることがわかりました。さらに、同様に健常な中高年を対象とした注意力の試験でも、GTWYペプチド摂取群でスコアが高く、注意力を高める効果もあることが見出されました。本研究成果は、国際学術誌『Frontiers in Neuroscience』に掲載されました。
ストループ試験 (実行機能) の改善
言語流暢性試験 (記憶想起) の改善
βラクトペプチドは、加齢に伴う記憶力低下の改善や、認知症の予防に役立つ可能性が期待され、日本認知症予防学会からもグレードA※に認定されています。キリンでは、今後もβラクトペプチドの研究を続け、高齢化に伴う社会課題へチャレンジしていきます。
- ※日本認知症予防学会より「βラクトペプチドの 1 つである GTWY ペプチド」の認知機能改善作用に関する情報は、1 次予防効果に対する認知症予防効果があると認定され、特定の食品成分の研究情報としては初めての認定取得となりました。1次予防効果とは認知症の発症予防を、2次予防効果は早期発見・早期治療・早期対応、3次予防は進行予防を指します。
- 組織名、役職等は掲載当時のものです(2015年10月)