ウイルス感染防御に重要な役割を果たすpDC
はるか昔から、世界各地ではさまざまな感染症が猛威をふるい、人々を苦しめてきました。キリンでは、感染症のリスクを「食」によって避けることができないかと考え、30年以上研究を続けてきました。
一般に「感染」といわれるものには、大腸菌O-157や結核のような細菌性のものと、インフルエンザのようなウイルス性のものが知られており、生体はそれぞれに防御システムを用意しています。下の図のように、人の体には、ウイルスが侵入すると、免疫細胞であるpDCが活性化し、インターフェロンを放出してウイルスを排除するという感染防御システムがあります。pDCは、ウイルスに反応して活性化し、インターフェロンα(IFN-α)を産生します。IFN-αは、NK細胞やT細胞、B細胞などさまざまな免疫細胞が働くシグナル物質です。研究チームは、乳酸菌でpDCを活性化することができれば、免疫システム全体を活性化することができ、効果的にウイルス感染を防御できるのではないかと考えました。
「細菌はpDCを直接活性化できない」という定説に、あきらめず挑戦
2009年に「細菌はpDCを直接活性化できない」という研究論文(*2)が発表されたことから、細菌の一つである乳酸菌も同様に、pDCの活性化は不可能だという説が一般的になった。しかし、免疫賦活機能や腸内環境改善など数々の健康機能が知られる乳酸菌の力への期待から、研究チームはこの定説に挑戦しました。
マウス由来のpDCを用いて、31菌種125株にわたる乳酸菌を接触させ、IFN-αが産生されるかを調べたところ、やはり、ほとんどの乳酸菌は無反応でした。しかし、ごく少数ながらも、高い活性を示す乳酸菌が見つかったのです。主にチーズ製造に使われるラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)に属する乳酸菌です。研究チームは、この乳酸菌を乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaと名付け、さらなる機能解明に取り組みました。
- *2Human plasmacytoid dendritic cells are unresponsive to bacterial stimulation and require a novel type of cooperation with myeloid dendritic cells for maturation. Blood, 2009,113:4232-4239.
市販ヨーグルトの乳酸菌との比較
国内で市販されているヨーグルト7製品から分離した乳酸菌について、pDCの活性化が見られるかを同様の方法で調べました。その結果が下のグラフです。これらの乳酸菌では、乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaのような高いIFN-α産生を示すものは見つかりませんでした。IFN-αは、インターフェロンの中でもウイルス感染防御で中心的な役割を果たすといわれています。乳酸菌Lactococcus lactis PlasmaはpDCの活性化により、IFN-α産生を強く誘導することが分かりました。
乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaにより活性化したpDCの姿
pDCが活性化する様子を観察すると、乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaと他の乳酸菌との違いがよく分かります。樹状細胞という名前のとおり、pDCが活性化すると、写真の矢印で示した部分のように、樹状の突起が発生します。
鍵は乳酸菌Lactococcus lactis PlasmaのDNA
Lactococcus lactis Plasmaが一般的な乳酸菌にない作用を持つ秘密はどこにあるのでしょうか。pDCの細胞内にはウイルスを認識する受容体があり、乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaも、その受容体に認識されると考えられます。そこで、受容体を破壊したpDCで乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaによる活性化能を確認し、TLR9という受容体が乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaを認識することを突き止めました。
TLR9は、特殊なDNAを認識することが知られています。そこで、乳酸菌Lactococcus lactis PlasmaのDNAがpDCを活性化させているのではないかと考え、次の実験を行いました。乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaから抽出したDNAをpDCに添加したところ、下のグラフのとおり、大量のIFN-αの産生が確認されました。この2つの実験から、乳酸菌Lactococcus lactis PlasmaのDNAがpDCの受容体TLR9に認識されることでpDCを活性化し、IFN-α産生を誘導していることが示唆されました。DNAが認識されるため、Lactococcus lactis Plasmaは、菌が生きたままでなくても小腸に届くだけで効果を発揮すると考えられます。
乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaは、pDCに直接作用する
従来から、免疫増強作用を示唆する乳酸菌が報告されていますが、乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaとの違いは、反応プロセスをみても明らかです。乳酸菌の中には、細菌など細胞を殺傷するナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性を上げたり、そこから間接的に作用してIFN-α産生を誘導するものがあります。しかし、乳酸菌Lactococcus lactis Plasmaは、免疫の司令塔であるpDC直接作用します。これにより、免疫細胞全体を活性化することができるのです。
Lactococcus lactis Plasmaの感染症予防効果
Lactococcus lactis Plasmaは、実際に感染症を予防することはできるのでしょうか。成人や小児にLactococcus lactis Plasmaの入った飲料や食品を摂取してもらい、感染症への予防効果や症状緩和効果を調べました。その結果、風邪やインフルエンザへの罹患率が低下することに加え、罹患した場合の自覚症状も軽減することがわかりました。さらに、マレーシアのマラヤ大学との共同研究では、マレーシア在住の健常人対象に試験を行い、デング熱の症状緩和に効果があることを見出しました。
マレーシアにおけるデング熱の試験結果
肌や運動への効果もーさまざまな可能性を秘めたLactococcus lactis Plasma
Lactococcus lactis Plasmaは、感染症だけでなく、肌フローラや疲労感にも効果があることがわかってきています。今後も研究を進め、感染症をはじめ、食を通じて人々の健康に貢献することを目指します。
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- 組織名は掲載当時のものです(2012年3月)