キリン独自の植物大量増殖法とは
キリンは、1985年から植物の増殖技術に関する研究に取り組み、培養した苗をもとに茎を増殖する方法、芽を増殖する方法、胚を増殖する方法、いもを増殖する方法をそれぞれ独自開発してきました。それまでに開発されていた方法は、いずれも増殖効率が年間あたり数百倍程度でしたが、キリンの開発した方法は、それらをはるかに上回る数万~数十万倍もの培養効率を有しており、世界的な優位性を誇ります。さらに、これらの技術を実用化するためのノウハウも確立し、母の日のカーネーションやジャガイモを栽培して販売する事業を立ち上げ、国内外で成功を収めました。
その中から今回、胚を増殖する方法(不定胚法)と、いもを増殖する方法(マイクロチューバー法)から派生したノウハウである「簡易な袋型培養槽システム」をクロマツに適用することを試み、防災林を再生させるための苗木づくりに取り組んでいます。以下、それぞれどのような技術なのかをご紹介します。
[独自技術その1]植物の胚を大量に増殖する「不定胚大量増殖技術」
植物の種子の中にある、芽となって成長する部分を胚といいます。一つひとつの胚が芽となり、苗へと成長していきます。そのため、胚を大量に増殖することができれば、苗をつくる効率を飛躍的に上げることができます。キリンの開発した「不定胚大量増殖技術」は、種子や苗から採取した細胞を特殊な培養液で培養することでたくさんの万能細胞をつくり、そこから無数の胚を大量に分化させる方法です。図1のとおり、一定の場所(種子の中)ではなく、不特定の場所にできることから不定胚といいます。万能細胞は、胚や芽、茎、葉など、どんな組織にも分化できる細胞のことで、専門用語では分化全能性細胞といいます。
図1 種子の胚と不定胚の違い
種子の胚
不定胚
種子や苗から採取した細胞をもとに万能細胞をつくり出すのは非常に難しく、熟練した技術が必要です。また、植物の種類によって培養や発芽に適した条件が異なるため、さまざまな条件で実験を重ね、植物ごとに最適な方法を見つけ出していかなればなりません。そうした中、複数の植物で不定胚法による大量培養の技術を確立しているのがキリンです。これは、世界的にもほとんど例がありません。ニンジン、アスパラガスなどの野菜、イネ、広葉樹、針葉樹などで技術を確立したほか、図2のように、観葉植物のスパティフィラムではアメリカでの事業化を実現させています。
図2 不定胚大量増殖技術実用化した例(スパティフィラム)
この方法を、クロマツに近い性質をもつテーダマツ、アカマツに適用した例が図3です。一つの万能細胞からたくさんの不定胚ができている様子がわかります。
図3 不定胚法をマツ類に適用した例(テーダマツ、アカマツ)
[独自技術その2]省力・低コストで大量に培養できる「袋型培養槽システム」
不定胚大量増殖技術による大量増殖をさらに高度化するためには、培養の技術だけでなく、装置の簡易化や省力化、低コスト化といったノウハウの部分も重要です。スパティフィラムの例で示したとおり、一つの培養槽の中には何万もの不定胚ができ、大量に発芽することになるからです。ここで活用できるのが、キリンの開発した袋型の培養槽システムです。写真のとおり、培養槽を特殊なビニール製の袋にして簡易化し、微生物の汚染がなく少人数でも管理できる仕組みをつくりました。わずかな人数で一度に数百もの培養槽での培養が可能です。こうした培養槽システムは世界的にもほとんど例がありません。
このシステムが誕生した背景には、種イモを増殖するためにキリンが開発したマイクロチューバー法(MT法)という技術があります。空中にジャガイモの種イモができるようにした独自の技術で、キリンの増殖技術開発のルーツでもあります。このMT法は現在、(独)種苗管理センターにも技術移管され利用されています。
一日も早いクロマツ防災林の再生に向けて
壊滅的な被害を受けた東北地方の海岸防災林を再生するには、少なくとも500万本のクロマツの苗木が必要だといわれています。しかし、現状の技術では、苗木の生産量は全国で約36万本にすぎず、必要な苗木をそろえるには最短でも14年かかると見込まれています。不定胚法を用いたキリンの大量増殖技術がクロマツに適用できれば、その期間を大幅に短縮することができるでしょう。
クロマツは松枯れ病の被害を受けやすいため、原因となるマツノザイセンチュウという線虫への抵抗性をもつ品種であることも必要です。不定胚法を用いれば、同じ性質をもつ苗木を大量につくることができます。同時に、防災林には多様性も必要であることから、優れた性質をもつ複数の品種を選別し、それらの胚を大量増殖することで、病気に強く、多様性のあるクロマツの苗木を大量につくることが可能です。
芽生えたクロマツを育苗農家や種苗組合に育ててもらい、高さ20~30センチ程度の苗木になったら植樹をします。最初の植樹用の苗準備の目標は2016年の春。技術確立に向けた研究は、今日も休むことなく続いています。
- 組織名、役職等は掲載当時のものです(2014年9月)