レポート

缶コーヒーのコク感アップと、おいしさを維持する実用技術を開発

  • 香味設計
  • 嗜好科学

缶コーヒー製造時の高温殺菌や、出荷後の長期間の加温による味や香りの変化を防ぐため、高度な成分分析によってそれぞれに関係する物質を特定し、商品開発に生かせる基幹技術として確立しました。

缶コーヒーは、製造時の高温殺菌や、出荷後の長期間の加温により、味や香りに微妙な変化が生じます。キリンホールディングスはキリンビバレッジと共同で研究を行い、これらの変化に関わる物質の特定に成功しました。高温殺菌による変化に関わる技術は、一部のキリンビバレッジのコーヒーブランド、FIREに活用されています(*1)。こうした香味に関する研究成果が、FIREのおいしさを支える要素となっています。

  • (*1)2012年10月現在

2つの研究の概要

研究のテーマは2つあります。一つは、缶コーヒー製造の最終工程で必ず行われる高温殺菌に伴い、変化する味と香りについてです。高温殺菌を経ても、レギュラーコーヒーが本来もっている豊かなコクをなるべく取り戻せるよう、コク感の増強に寄与する物質を特定しました。もう一つは、ホット飲料として長期間、加温した際の味の変化についてです。この変化に寄与する物質を特定しました。そして、いずれも缶コーヒー製造に応用できる技術として完成させました。

成果1 缶コーヒーのコク感を強める物質を特定

ドリップしたコーヒーに、焙煎豆の高沸点成分が含まれた蒸留液を加えると、コク感が向上

缶コーヒーの製造方法には、豆の選定から焙煎、抽出方法まで様々な工程の組み合わせがありますが、最終工程で避けることができないのが高温殺菌です。殺菌されたコーヒーは、どう工夫しても本来の香りや味わい、コク感を失ってしまいます(下図)。それをいかに解決するかが、缶コーヒーをつくる上で長年の課題となっていました。

コーヒー豆が焙煎されて生じる味や香りの成分は数百から千以上ありますが、その多くが未解明のままです。研究チームは、ドリップなどの従来の抽出方法では十分に活用できていない成分があるのではないかと考えました。そして、検証の結果、コーヒー焙煎豆に水を加えて蒸留抽出して得られる成分のうち、沸点の高い成分にコーヒーのコク感を増強する効果があることを見出しました。

さらに、豆の産地や品種、焙煎や蒸留の条件を検証し、コク感に寄与する成分を最大限取り出すことに成功しました。この蒸留液を、通常のコーヒードリップ液に添加する製法を用いたところ、下図のように、コク感を向上させることができました。

コク感を増強する物質を特定

蒸留によって得られた成分は、従来のコーヒー香料に比べて香りが非常に弱いものでしたが、コーヒードリップ液に加えると、舌や鼻腔で感じられるコク感を増強するという特徴を持っていました。この物質が何なのかを突き止めるため、ガスクロマトグラフィーという機器で成分を分析しましたが、雑多な成分が検出され、絞り込むのが困難でした。そこで考え出したのが、蒸留液をヒトが飲める形のまま細かく分類し(「分留」といいます)、舌でなめて評価する手法です。キリンホールディングスの分析能力と、キリンビバレッジの官能評価能力を最大限に生かした手法といえます。

この手法を試したところ、次のグラフのように、雑多な成分からコク感に寄与する成分を絞り込むことに成功しました。特徴を示す化合物は5つあり(グラフのA~E)、その5つを一定の割合で混ぜると効果を発揮することも分かりました。このうち、特に重要な2つの化合物は「γ-ブチロラクトン」と「フルフリルアルコール」であることも特定できています。この研究成果は特許として登録されており、その一部はキリンビバレッジの製品に広く活用されました。今後も、さらなる研究により、レギュラーコーヒーに近い味わいの缶コーヒー飲料の開発に役立つことが期待されます。

成果2 長期間、加温保管してもおいしさのバランスを維持できる物質を特定

缶コーヒーを長期間温めたときの味のバランスの変化に「カフェ酸」が関与

缶コーヒー飲料の多くは、冬季は加温して販売されます。その際、缶入りブラックコーヒーでは加温前よりも酸味が増すなど、微細な味の変化が生じますが、その原因は分かっていませんでした。そこでキリングループは、この変化の原因となる物質を突き止めるため、次のような研究を行いました。

加温前と加温後で、缶コーヒーの成分がどのように変化しているか、液体クロマトグラフィーという機器を用いて分析しました。すると、加温後は、5種類の物質の量が大きく増えていました(下のグラフ(1)~(5))。それぞれの物質の働きをさらに詳しく調べるため、物質を1種類ずつ除去したコーヒーを調製して試飲すると、味のバランスが変化しなかったのは、(2)の物質を取り除いたときのみでした。構造を調べると、この物質は「カフェ酸」であることが分かりました。

味の変化を抑える方法を開発

味の変化を引き起こす物質がカフェ酸だと分かったものの、この物質だけを取り除いてコーヒーを作るのは困難です。調べてみると、カフェ酸自体にはほとんど味がないことが分かりました。このことから、味の変化はカフェ酸の増加だけではなく、加温によって変動する別の成分と共存することで生じていると考えられます。研究チームはカフェ酸についてさらに詳しく調べ、次のような仮定を設定しました。

  • ある物質が生成される前の段階の物質を「前駆体」というが、カフェ酸にも何らかの前駆体があると考えられる。その前駆体がコーヒーの中に含まれており、加温によって前駆体がカフェ酸と別の成分に分解され、味の変化が生じるのではないか?
  • コーヒー中のカフェ酸濃度、もしくは別の成分の濃度が通常のコーヒーよりも高い場合は、カフェ酸と別の成分が結合し、前駆体に戻るのではないか?

この考えのもと、下のグラフのように、通常のコーヒーにカフェ酸を添加した缶コーヒーを作り、加温による濃度と味の変化を調べました。その結果、コーヒー中のカフェ酸濃度をある程度高くしておくと加温しても増加速度がゆるやかになり、さらに濃度が高いと、カフェ酸が逆に減少していくことが分かりました。そして、それらの缶コーヒーは、味などの変化が抑制されていました(*2)。さらなる研究では、通常のコーヒーに入っている量の2倍程度のカフェ酸を添加しておくと、加温後も十分に味の変化が抑えられることが分かりました。なお、カフェ酸自体には味がないので、加温前に添加しても、全体の味に影響することはありません。

さらに、この研究成果を実際の商品開発に応用できるよう、カフェ酸の供給源として、コーヒー抽出液に分解酵素を作用させカフェ酸を増強したエキスを利用する方法を開発しました。これにより、長期間保存しても味のバランスが維持されたブラックコーヒーとして、お客様のニーズに応じていつでも商品化することが可能になりました。今後もキリングループは、高度な分析技術を用いて飲料の味や香りの原因を解明し、より品質の高い商品を提供できるよう、さらなる研究に取り組んでいきます。

  • (*2)カフェ酸の生成と、変化抑制のメカニズム(推定)
    現時点の研究では、カフェ酸はコーヒー豆を焙煎した際に産生する褐色物質(コーヒーメラノイジン)を前駆体とし、ある種の平衡状態にあると推測しています(下図)。また様々な検討の結果、カフェ酸そのものは味がほとんどなく、味質の変化は、カフェ酸と加温により変化した疎水性の高いメラノイジンが合わさってはじめて発現することが分かっています。カフェ酸をコーヒーに添加することで味の変化が抑えられるのは、この化学平衡が左にずれ、味質の変化を引き起こす原因の1つである疎水性の高いメラノイジンの生成が抑制され、結果として味が変化しないというメカニズムが最も確からしいと考えられます。また、変化したコーヒー中の疎水性の非常に高い物質群を添加して缶コーヒーを調製したところ、変化に伴うカフェ酸の増加が抑制されたことからも、この仮説は支持されると考えています。

関連論文

  • 「缶入りブラックコーヒーの加温に伴う味質変化抑制法の開発」月刊フードケミカル 2012年6月号 69-73
  • 「缶コーヒーの加温に伴う化学変化」食品衛生学雑誌 Vol.53(4)319-324, 2012

学会発表

  • 「缶入りブラックコーヒー飲料の劣化酸味原因物質同定と発生抑制法開発(第1報)」日本食品科学工学会第56回大会 2009年9月10日~12日
  • 「缶入りブラックコーヒー飲料の劣化酸味原因物質同定と発生抑制法開発(第2報)」日本食品科学工学会第56回大会 2009年9月10日~12日
  • 「コーヒー豆中の高沸点成分による呈味増強効果について」第20回日本清涼飲料研究会研究発表会 2010年10月27日

関連リンク

  • 組織名は掲載当時のものです(2012年11月)