レポート

良質なビール系飲料を製造するためのビール酵母の総合的活性診断技術を開発!

  • 発酵制御

ビール系アルコール飲料製造の課題解決や新商品開発に貢献する実用的な技術を確立し、「2012年度農芸化学技術賞」を受賞しました。

高品質でおいしいビール系アルコール飲料をつくるには、酵母の働きの調整が不可欠です。しかし、麦芽以外の原料を使う発泡酒や新ジャンルでは、酵母の栄養源が変わるため、想定外の発酵遅延やオフフレーバー(ビールにとって好ましくない香り)などが生じるようになりました。その原因を突き止めて解決するために、キリンビールは、キリンホールディングスのフロンティア技術研究所と共同で、ビール酵母の活性を診断する総合的な技術を確立。(社)日本農芸化学会より「2012年度農芸化学技術賞」を授与されました。

金井圭子

キリンビール 酒類技術開発センター チーフアナリスト

1992年の入社以来、私が取り組んできたのは、ビール酵母と近縁酵母の遺伝子や染色体構成の違いを利用した酵母株を分類するためのツール作りや、ビール酵母の交雑育種の技術開発などです。ビール酵母の染色体構成を解析していた頃、たまたま連用過程において変異が生じやすい染色体領域を見出し、変異の有無を迅速に見分ける方法を開発。工場への配布酵母の保存や管理方法を改善する契機になり、今回の受賞につながりました。ビール醸造に使われる多くの酵母は、遺伝的には極めて近縁であるといえます。遺伝子の微細な違いから、環境に対する順応性に違いが生じ、様々な性質を示すようになるのだと思います。最近は、人間の微細な遺伝子の違いから、その人が病気にかかりやすいかどうかが分かる時代になってきました。ビール酵母も同様に診断できるようにしたいものです。今回の賞は、キリンのビール酵母研究に携わってきた多くの方々と一緒にいただいたものだと思っています。研究に長年関わることができた喜びと、上司や先輩、共同研究先の先生方、一緒に頑張ってきた仲間、快適な職場環境を整えてくださった関連部署の皆さんへの感謝を忘れずに、今後も研究の楽しさを感じながら仕事に励んでいければと思います。

1970年代から続く酵母研究の集大成

キリンビールは1970年代から、酵母、大麦麦芽、ホップを3大テーマとして研究を続けています。中でも酵母は、90年代初頭から現在に至るまでの約20年にわたり、酵母活性制御、遺伝子解析、ゲノム解析、細胞の形態解析、代謝物の定量解析といった最先端の技術開発に取り組んできました。その蓄積をもとに、実際の品質工程に生かせる基盤技術を確立したことが高く評価され、今回の受賞となりました。農芸化学技術賞は、注目すべき実用的価値のある技術的業績を挙げた会員に与えられるもので、日本農芸化学会が企業に与える賞では最高の賞です。キリンビールは25年ぶりの受賞となります。

受賞記念講演(2012年3月)

受賞者は、キリンビール(株)酒類技術開発センターの善本裕之主査、キリンホールディングス(株)フロンティア技術研究所の吉田聡主任研究員、キリンビール(株)酒類技術開発センターの金井圭子チーフアナリスト、同・小林統主務の4名ですが、過去20年間で研究に携わった人はキリングループ内外で計100名近くに上り、まさに集大成といえるでしょう。

授賞式にて(左から)金井、吉田、善本、小林

なぜ、この技術が画期的なのか──原材料の変化と、ビール酵母の複雑さ

日本では、1990年代半ばから、発泡酒や新ジャンルの商品開発が始まりました。それに伴い、酵母が発酵するときの栄養源も変わりました。ビール醸造では、酵母は麦芽や副原料の糖を食べて発酵しますが、発泡酒や新ジャンル商品では、麦芽の量が減り、それに代わる原材料が栄養源となります。すると、酵母の働きも変わり、ビールでは考えられなかったような発酵遅延が起きたり、好ましくない香りが生じたりするようになりました。

しかし、従来の解析技術では、こうした問題を解決するために必要なデータを十分に得ることができず、原因を突き止めることが困難でした。日本のビール醸造で主に使われる下面発酵酵母は、他の酵母に比べて遺伝子構成が複雑で、交雑も難しいため、研究に適しているとはいえず、解析技術の開発が進んでいなかったからです。そこで、想定外の課題にも対応できる、ビール酵母のための総合的な解析技術が強く求められていました。

ヒトの健康診断をビール酵母に応用

今回、キリンビールが開発したのは、下面発酵酵母を「遺伝子レベル」「遺伝子発現レベル」「タンパク質レベル」「代謝物レベル」「表現型レベル」で総合的に評価し、生理状態を診断する最新技術です。これにより、さまざまな条件下におかれた下面発酵酵母の複雑な生理状態を、精度よく捉えることができます。本技術を活用することで、品質や工程のトラブルが起こっても、正確かつ迅速に原因を究明し、最適な改善策をとることが可能になります。各レベルの評価技術は、下の図のように、ヒトの健康状態を把握するため、健康診断において各種の検査を行うような考え方をビール酵母に応用したものといえます。

具体的な活用例

これらの技術を用いることで、ビールや発泡酒、新ジャンルの発酵工程で実際に発生した各種課題に対し、仮説に基づいた解決策を取ることが可能になりました。このことは、これらの技術がビール系アルコール飲料の安定的な生産や品質向上に有効であることを示しています。いくつか事例を紹介しましょう。

<品質の改善>酵母識別技術を活用し、正しい酵母を工場へ配布

ビール製造に使用する酵母は、キリンビールの酒類技術開発センターから全国の工場に送られます。その際、酵母の種類や性質が前年と同じで、正常な状態であるかを厳しくチェックしなければなりません。遺伝子レベルの解析を活用すると、酵母株間の違いを短期間で識別でき、間違いを防ぐことができます。また、代謝物レベル、表現型レベルの解析では、酵母の生理状態を正確に把握することができます。これらにより、正しい酵母の配布や、工場で使われている酵母の異変の有無を確認することが可能になりました。

<工程の改善>原因を突き止め、液糖使用時の発酵遅延を解消

発泡酒や新ジャンルは麦芽の使用量が少ないため、糖分を液糖で補う場合がよくありますが、その際、発酵が遅れることがありました。そこで、代謝物レベル、表現型レベルで酵母を解析したところ、原因が判明。ビール酵母は液糖に含まれるグルコースという糖分を好むため、発酵前半に原料中のグルコースを急激に消費してしまい、途中で栄養分が枯渇していたのです。この問題を解決するため、発酵前半の温度を下げる「二段階温調法」という工程を開発し、糖分をゆっくり食べるように発酵を制御すると、遅延が解消しました。こうした解析は、以前はできなかったもので、あらゆる酒類製造に活用することができます。

新商品開発に貢献。世界に向けてのアピールも

ビール酵母の総合的活性診断技術の活用は、多様な生活スタイルや価値観に合う新商品を開発する際に生じる課題解決にも有効となります。ビール系アルコール飲料だけでなく、いろいろな発酵食品製造への応用も期待されます。私たちは、こうした先進的な技術開発を国際的にアピールすることで、世界の醸造技術向上にも貢献したいと考えています。

関連論文

  • Kobayashi, O., Suda, H., Ohtani, T., and Sone, H. (1996) Molecular cloning and analysis of the dominant flocculation gene FLO8 from Saccharomyces cerevisiae. Mol. Gen. Genet.; 251:707-715.
  • Tamai, Y., Momma, T., Yoshimoto, H., and Kaneko, Y. (1998) Co-existence of two-type chromosomes in the bottom fermenting yeast, Saccharomyces pastorianus. Yeast. 14, 923-933.
  • Kobayashi, O., Yoshimoto, H., and Sone, H. (1999) Analysis of the genes activated by the FLO8 gene in Saccharomyces cerevisiae. Curr. Genet. 36, 256-261.
  • Kobayashi, O., Hayashi, N., Kuroki, R., and Sone, H. (1998) The region of Flo1 proteins responsible for sugar recognition. J. Bacteriol.; 180:6503-6510.
  • Yoshimoto, H., Fukushige, T., Yonezawa, T., Sakai, Y., Okawa, K., Iwamatsu, A., Sone, H., and Tamai, Y. (2001) Pyruvate decarboxylase encoded by PDC1 gene contributes, at least partially, to the decarboxylation of α-ketoisocaproate for isoamyl alcohol formation in Saccharomyces cerevisiae. J. Biosci. Bioeng. 92, 83-85.
  • Yoshimoto, H., Saltsman, K., Gasch, A., Li, H., Ogawa, N., Botstein, D., Brown, P. O., and Cyert, M. S. (2002) Genome-wide analysis of gene expression regulated by the calcineurin/Crz1p signaling pathway in Saccharomyces cerevisiae J. Biol. Chem. 277, 31079-31088.
  • Tamai, Y., Kanai, K., and Kaneko, Y. (2007) A structural and phylogenetic study of the HO gene from Saccharomyces bayanus var. uvarum. Biosci. Biotechnol. Biochem. 71:1850-1857.
  • Yoshida, S., Hashimoto, K., Shimada, E., Ishiguro, T., Tanaka, K., Minato, T., Mizutani, S., Yoshimoto, H., Tashiro, K., Kuhara, S., and Kobayashi, O. (2007) Characterization of bottom fermenting yeast gene expression during lager beer fermentation. Yeast. 24, 599-606.
  • Minato, T., Yoshida, S., Ishiguro, T., Shimada, E., Mizutani, S., Kobayashi, O., and Yoshimoto, H. (2009) Expression profiling of the bottom fermenting yeast Saccharomyces pastorianus orthologous genes using oligonucleotide microarrays. Yeast, 26, 147-165.
  • Hayashi, N., Minato, T., Kanai, K., Ikushima, S., Yoshida, S., Tada, S., Taguchi, H., and Ogawa, Y. (2009) Differentiation of species belonging to Saccharomyces sensu stricto using a loop-mediated isothermal amplification method. J. Am. Soc. Brew. Chem. 67, 118-126.
  • Yoshimoto, H., Ohuchi, R., Ikado, K., Yoshida, S., Minato, T., Ishiguro, T., Mizutani, S., and Kobayashi, O. (2009) Sugar induces death of the bottom fermenting yeast Saccharomyces pastorianus. J. Biosci. Bioeng. 108, 60-62.

総説

  • 田中圭子、玉井幸夫(2001)下面ビール酵母の染色体構成とその多型性、バイオサイエンスとインダストリー、Vol.59、No.10、p31-34.
  • 善本裕之(2003)DNAマイクロアレイ研究とその展開、化学と生物、第41巻、第1号 p54-60.
  • 善本裕之、港紀子、吉田聡(2006)下面発酵酵母のDNAマイクロアレイ解析、バイオサイエンスとバイオインダストリー. Vol.64、No.3、p161-162.
  • 吉田聡(2009)ビール系飲料の品質向上への取り組み、 生物工学会誌、第87巻、第S号、p232-235.
  • 善本裕之(2011)下面発酵酵母の細胞形態定量解析による生理状態把握技術の開発、日本醸造協会誌、第106巻、第6号、p353-361

著書

  • Tanaka K., and Kobayashi, O. Brewing Yeast Fermentation Performance Second edition
    Edited by KATHERINE SMART Oxford Brookes University Oxford, UK
    Analysis of karyotypic polymorphisms in a bottom-fermenting yeast strain by polymerase chain reaction 3 pp.3-12

学会発表

  • 「日本農芸化学会技術賞受賞講演 品質工程改善のためのビール酵母の総合的基盤解析技術の開発」日本農芸化学会2012年度大会 2012年03月22日~26日

【ビール国際学会での発表】

  • 「The Chromosomal Organization of Bottom Fermenting Yeast by Analysis of CHEF Gel Electrophoresis and Southern Hybridization」 American Society of Brewing Chemists (ASBC) Boston, MA, USA. (1998)
  • 「Genome-wide analysis of gene expression for hydrogen sulfide production in the bottom fermenting yeast Saccharomyces pastorianus」 World Brewing Congress (WBC), San Diego, California USA. (2004)
  • 「QTL Analysis of brewing performances in bottom fermenting yeast」XXII International Conference on Yeast Genetics and Molecular Biology (2005)
  • 「Identification of top-fermenting yeast」 American Society of Brewing Chemists (ASBC) La Quinta, California USA. (2006)
  • 「Differentiation of species belonging to Saccharomyces sensu stricto using a loop-mediated isothermal amplification method」 American Society of Brewing Chemists (ASBC) Victoria, British Columbia, Canada. (2007)
  • 「The development of a simultaneous measurement of yeast viability and vitality by flow cytometry」 World Brewing Congress (WBC), Honolulu, Hawaii, USA (2008)
  • 「Control of Flavor Formation in Yeast」 World Brewing Congress (WBC), Honolulu, Hawaii, USA (2008)
  • 「Identification of yeast strains by a PAGE method using mismatch-specific endonuclease」 American Society of Brewing Chemists (ASBC) Tucson, Arizona USA. (2009)
  • 「Monitoring yeast physiological state during fermentation by quantitative cell morphogenesis analysis」 American Society of Brewing Chemists (ASBC) (Brewing Summit 2010), Providence, Rhode Island USA. (2011)
  • 「Effects of fermentable sugar composition on defective fermentation」 European Brewery Convention (EBC), Glasgow UK. (2011)
  • 「Development of analysis of yeast physiological state using intracellular metabolite concentration」 European Brewery Convention (EBC), Glasgow UK. (2011)

関連リンク

  • 組織名、役職等は受賞当時のものです(2012年3月)
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  • もともと飲まない人に飲酒を勧めるものではありません。
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